災害救援・復興支援
阪神・淡路大震災以来、日本でも災害時のボランティア活動は活発になりましたが、 修羅場と化した実際の現場では、誰もが満足するような支援のあり方が永遠の課題です。 また、災害報道は時間がたつにつれ減少していきますが、被災者の苦しみや生活上の困難は想像以上に長く続きます。 RSYは過去の災害を教訓とし、現在に学びながら、各地で災害時のボランティアセンターの運営から長期的な復興支援までをお手伝いしています。
1995年
- 阪神・淡路大震災
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1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源として大地震が発生しました。死者6434人、負傷者43000人余り、全壊家屋10万棟以上。
戦後日本の大都市を襲ったはじめての直下型地震であり、その後の社会、経済、文化にもはかりしれない影響を与えました。
RSYも阪神の教訓を生かす思いから結成され、被災地から学ぶ「スタディーツアー」を毎年企画するなど、今も被災者やボランティアとの交流を続けています。
2002年
- 大垣市荒崎地区水害
- 2002年7月9日から10日にかけ、台風6号と梅雨前線の影響で、岐阜県西濃地方が記録的な豪雨に見舞われました。 RSYは450戸以上が床上・床下浸水した大垣市荒崎地区で、同11日から3日間開設されたボランティアセンターにスタッフを派遣。 ボランティア活動資器材(以下「資器材」という)の提供やボランティアのコーディネート、情報発信に努めました。
2003年
- 宮城県北部連続地震
- 2003年7月26日、宮城県北部を震源として震度6弱の地震が1日に3回発生。負傷者600人を超える大きな被害が出ました。 RSYは被災地の南郷町(現・美里町)災害ボランティアセンターにスタッフを派遣しました。
2004年
- 新潟・福島豪雨
- 2004年7月13日、新潟県と福島県の広い地域で豪雨被害が発生。死者16人、全壊家屋70棟という甚大な災害となりました。 RSYは資器材の提供とともに、新潟県三条市災害ボランティアセンターにスタッフを派遣。災害弱者支援チームとして高齢者や障害者、子どもたちへのサポートを担いました。
- 福井豪雨
- 新潟・福島の集中豪雨から5日後の2004年7月18日、福井県嶺北地方で3人が亡くなる集中豪雨被害が発生しました。 RSYは新潟から返却された資器材を積み、名古屋に戻りかけていたトラックを急きょ福井へ向かわせ、資器材を提供。 同22、23日には名古屋から福井県今立町(現・越前市)へボランティアバスを運行、延べ133人が活動しました。
- 台風21号水害
- 2004年9月28日、日本列島に上陸した台風21号は各地に大きな被害をもたらし、 特に三重県宮川村(現・大台町)では大規模な土砂災害などにより死者6人、行方不明者1人の大惨事となりました。 RSYは10月1日から同県伊勢市、海山町に資器材を提供するとともに、海山町へボランティアバスを運行、2日間で延べ70人が活動しました。
- 台風23号水害
- 2004年10月9日、四国に上陸した台風23号は日本列島を横断、近畿や東海地方を中心に全国で死者・行方不明者が98人に達する大災害となりました。 RSYは神戸市の震災がつなぐ全国ネットワーク事務局/被災地NGO恊働センターにスタッフを派遣。 関係団体のボラコなごやからも4人が兵庫県豊岡市に入り、ボランティアセンター運営を支援しました。 ボランティアバスは計3回延べ106人、資器材の提供は計4回にわたり、台風21号被災地の三重県海山町から豊岡市や香川県さぬき市に転送することにもなりました。
- 新潟県中越地震
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2004年10月23日、新潟県中越地方を震源とするM6・8の直下型地震が発生。
最大震度7の揺れが同県川口町などの中山間地を襲い、死者は68人に達し、約10万人が一時避難しました。
RSYは愛知県内のNPO、ボランティア有志らと先遣隊を組んで現地を調査、11月中旬に県内約30団体とともに「あいち中越支援ネットワーク」を結成、
川口町田麦山地区を中心に中長期的な視点での復興支援に乗り出しました。活動は避難所でのケアから仮設住宅への引越し手伝い、
被災2カ月後のクリスマスプレゼント配布、年明けの七草がゆの食事会、2005年の愛知万博への田麦山小学校全校生徒招待など多岐、
長期間にわたり、現在も田麦山の米を愛知県内で販売するなど交流を続けています。官民による中長期的な復興支援活動のモデルとして、
2005年度の防災功労者防災担当大臣表彰を受けました。
2005年
- 福岡県西方沖地震
- 2005年3月20日、福岡県西方沖を震源とする地震が発生しました。 福岡市などで最大震度6弱を観測、1人が死亡。RSYは福岡県社会福祉協議会に資器材を提供しました。
- 宮崎水害
- 大型の台風14号が2008年9月6日、九州に上陸。宮崎市を中心に大雨や竜巻、土砂崩れなどにより、死者26人の被害をもたらしました。 RSYはスタッフ派遣、資器材提供で被災地を支援しました。
- 平成18年豪雪
- 2005年12月から06年2月にかけ、日本上空に続々と寒気が流れ込み、各地に記録的な大雪をもたらしました。 雪崩や雪下ろし中の事故などによる死者は全国で152人に達しました。RSYでは秋田県北秋田市、藤里町にスタッフを派遣、スコップなどの資器材を提供しました。
2006年
- 長野水害
- 2006年7月、活発化した梅雨前線の影響で九州から東海・北陸、長野県にかけて各地で記録的な豪雨を観測。 長野県では岡谷市で土石流が発生して8人が死亡するなど、大きな被害が発生しました。 RSYは下諏訪町にスタッフを派遣、資器材の提供に加え、この災害で初めて「うるうるパック」のパック詰め作業を名古屋のボランティアら延べ100人ほどで行いました。
2007年
- 能登半島地震
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2007年3月25日、能登半島沖の日本海を震源とするM6・9の地震が発生。石川県輪島市や七尾市、穴水町で震度6強が観測されました。
RSYは穴水町にスタッフを派遣、うるうるパックのパック化を行い、関連団体のボラコなごやのメンバーは足湯で被災者をいやしました。
1年後にはボラコなごやのメンバーとバスツアーを組み、その後も商店街の復興支援などを続けています。
- 新潟県中越沖地震
- 2007年7月16日、中越地震の記憶も新しい新潟県を、再び激しい揺れが襲いました。 新潟県中越沖地震と名づけられた地震はM6・8、死者15人の惨事とともに、活断層の真上にあった原子力発電所の安全性がクローズアップされました。 RSYは刈羽村にスタッフを派遣、うるうるパックのパック化を行いました。日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)、 被災地NGO恊働センターらとともに「寄り添いプロジェクト」も始め、被災者一人ひとりの声を丁寧に聴くなどしたほか、 瀬戸や土岐から譲り受けた陶器を販売する瀬戸物市を開催するなど、半年に一回ほどの訪問活動を続けています。
2008年
- 中国・四川大地震
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2008年5月12日、中国・四川省を震源とするM8級の直下型地震が発生。
死者・行方不明者8万人超、4000万人が被災する未曾有の大災害となりました。
RSYは現地にスタッフを送り込んだCODE海外災害援助市民センター(神戸市)の活動を支援する募金を呼びかけるとともに、
活動の報告会を名古屋で開き、7月から「作業部会」を設けて日本からできる支援のあり方を検討。
神戸の「まけないぞう」をモデルにした「パンダタオル」づくりプロジェクトを進めています。
- 岩手・宮城内陸地震
- 2008年6月14日、岩手県内陸南部を震源にM7・2の地震が起こり、岩手県奥州市と宮城県栗原市で最大震度6強の揺れを観測しました。 RSYは栗原市にスタッフを派遣。03年の地震以来、交流のある宮城県社協などと連携し、ボランティアの受け入れや個別ニーズの対応に努めました。 また、くりこま耕英復興の会への支援として、中越や能登との交流会の開催や、日本災害復興学会のメンバーらとの被災者交流会を開くなどの活動を継続しています。
- 平成20年8月末豪雨
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前線を伴った低気圧の影響で、東海地方では2008年8月28日夜から29日未明にかけて記録的な大雨に見舞われました。
愛知県岡崎市では時間雨量146.5ミリという猛烈な雨が襲い、市内の伊賀川などが氾濫、浸水家屋のお年寄りらの命が奪われました。
RSYは岡崎市にスタッフを派遣、資器材を提供するとともに、1200世帯以上が床上浸水し、2000年東海豪雨以来の被災地となった地元名古屋でも、
なごや災害ボランティア連絡会の一員として濡れた畳の運び出しやニーズの掘り起しなど、連日ボランティア活動に駆け回りました。